コロナ雑感(その10)― 篠崎春彦 ー

(続き)
ZOOMは楽しい コロナコロナで「猫も杓子もオンライン」
2月のはじめ横浜の姪から「ZOOMのミーティング」をしましょうと電話があった。僕はZOOMとはなんのことか分からなかった。姪の説明ではZOOMとは、パソコンやスマートフォンを使って、セミナーやミーティングをオンラインで開催するために開発されたアプリのことが分かった。「難しいことではないので、先ずは体験しましょう」とZOOM初体験となった。

姪は「主催者の私が招待URLをメールで送るので、それをクリックしてください」という。パソコンで招待されたファイルをクリックすると、ZOOMがインストールされ、そのままミーティングに参加できる簡単なものであった。参加者は姪夫婦と姪の母親そして当方の妻の5人であった。画面で顔を見ながら話ができて良かった。慣れるまではぎこちなかったが、やがて笑いがでたりして和やかな会話を楽しんだ。

姪夫婦は日立に勤めている。この会社は「在宅勤務」に取り組み、テレワークの導入も急速に進んでいるようだ。二人は今年に入ってからほとんど会社に行くことがないそうだ。「毎日が日曜日のようで、気楽なもんだね」と冗談交じりにからかった。そうしたら「とんでもありません。会社の作業管理は厳しく、一定のタスクをこなさないと人事考課に影響するので毎日真剣です」と反論された。姪夫婦は子供がいないが、二人そろって自宅のパソコンで格闘している姿を想像すると、なんとも気の毒なようである。

ちなみに、日立に限らず、富士通やNECといった日本の大手IT企業は、自社開発のシステムをフル活用して「働き方改革」をアピールしている。だが残念なことに日本企業はWeb会議サービス「ZOOM」の利用者をコロナ禍以前の20倍に急増させた「米ズーム・ビデオ・コミュニケーション」のようにはテレワーク特需の波に乗れそうにない。

話をもどそう。今度は娘からZOOMの招待メールが届いた。娘夫婦は我が家の近くに住んでいる。これまで、たびたび孫を連れて夕食を共にしていた。それがコロナ拡大の影響でパッタリ寄りつかなくなった。娘が年寄りへの感染を配慮してのことであろう。小二の孫はZOOMを自由に扱っている。爺ちゃんは負けそう。孫達はオシャベリしたりダンスをしたりとはしゃいでいる。それを見ながら、爺ちゃんと婆ちゃんは至福の時を過ごした。

ZOOMの扱いも慣れてきた。今度は僕がホストになり昔なじみを招待した。外飲みを制限されているものの、友達と飲みたいと思う人は多いはず。そんな仲間を誘ってオンライン飲み会を行った。それぞれが好きな酒や料理を用意してマイペースで楽しんだ。旧知の顔を見ながら飲む酒は、格別に美味であった。大学の同窓生ともミーティングした。

僕が会員になっているロングステイクラブでは、各部会のZOOM会議を頻繁に行っている。ベテラン会員が講師となって、定期的にオンライン勉強会を行っている。新しい技術や知識を取り入れたこの授業は評判が良く、50人からの生徒がいつも参加している。

外出や直接的な人と人との交流が避けられるようになって、私たちの日常生活のシーンを大きく変えたものといえば、オンラインツールの「ZOOM」ではないだろうか。僕は趣味の仲間とZOOMで交流している。妻は東京の家元に通うことなく、ZOOMで琴の授業うけている。ZOOMはもはや生活必需品といっても過言でないくらい、私たちの生活に急速に浸透していった印象がある。
しかし、濃密な人間関係も大切で、人と人との生身の繋がりは絶対に必要である。それにはFace to Faceの対面コミュニケーションは不可欠でなかろうか。義理と人情が廃れりゃ、この世は闇だ。バーチャルな感覚にあまり満足してはならない。

●スマホデビュー 小話
僕は今年の初め、遅ればせながらガラケーからスマホに換えた。ガラケーで特別に不便を感じなっかったので換えるつもりはなかった。しかし、妻が 「これから我が家では家族同士のコミュニケーションはスマホのLINEを使いますからね。孫と会話がしたかったらスマホに換えなさい」と高圧的にでてきた。孫のこととなると爺ちゃんの泣き所で、渋々スマホにシフトチェンジした。

早速、機種の購入である。僕はiPADを使っているので、当然iPhoneを選択することになるのだが妻はアンドロイドである。先々のことを考えて妻と同じ機種を選んだ。使い方は説明書を丹念に読み込めば分かるだろうが、もうそんな根気はない。聞くは一時の恥、不本意ながら頭をさげて、妻から手ほどきをうけた。女はおしゃべりだが、スマホの活用も男より進んでいる。妻はチャットの仲間を通して、スマホを実践的に学んだようである。

実際にスマホを使ってみると、洋服のポケットに小さいコンピュータを肌身離さず持っているような感覚であった。携帯性にすぐれて重宝した。

スマホ内蔵のデジタルカメラは驚くように進化している。高性能の動画や写真が撮影できる。そしてアプリを使って編集し、インターネットで友達に送信したりできる。スマホの地図アプリ、位置情報サービスを利用すれば目的地の道順をナビしてくれる。LINEアプリでチャットも通話も無料でできる。「既読」機能は、災害時の返信がなくとも既読がつけば、無事だということが分かる。等々さまざまな便利機能が沢山ついている。

特に僕が役立っているのは、グーグル検索機能である。これは音声入力できるので、物忘れ、ど忘れした事柄を音声でキーワードを入れて検索すると、たちどころに蘇ってくる。また、音声入力はコツをつかめば、タップするより早いので長文の作成には便利である。ただ、電車のなかのような人前で音声入力していると、バカにされるので見栄を張って手入力に切り替えている。白魚のような指をした美しい女性がスマホ片手に、素早くタップやフリックしているのを見ると、思わず見とれてしまう。ちなみに音声入力はiPhoneが優れているようだ。

僕のスマホ活用は始ったばかりだが、もうスマホを手放されなくなった。危ない、危ない。あまりスマホにのめり込まないように注意しなくてはならない。爺さんのスマホ依存症はみっともない。

<余談>
昨年10月12日、「令和元年台風19号」は関東、信越、東北地方を中心に甚大な被害をまもたらした。わが久喜市では利根川の水位が急激に上昇し氾濫危険水位を超えた。翌13日午前2時には市内全域に「避難勧告」が発令され、約9,000人が市内の小中学校に避難した。僕はたいしたことはなかろうと、家内と一緒に自宅で様子見をしていた。幸い午前7時に避難勧告は解除された。
近年、異常気象が世界のみならず日本の各地でも発生している。気象庁は「これまでに経験したことのないような大雨」「数十年に一度の大雨」と脅し、同時に「ただちに命を守る行動をとってください」と呼びかけている。

関東平野のど真ん中に位置している我が家は、周りに山や丘はない。つまり水害に対して避難できる安全な場所がないのである。昨年は学校の3階を避難場所に使っていたが、コロナの三密を避けようとすると収容人員が限られてしまう。市役所は親戚、知人宅、勤務先への分散避難を奨励している。ホテルに宿泊しようとしても、ビジネスホテルがあるだけ。とても大勢を収容できそうにない。インターチェンジの近くにはラブホテルが林立しているが、今さら妻と鏡の部屋に泊まる気になれない。第一、泊めて貰えるかどうか分からない。

一昨年、娘夫婦は子供が大きくなったので、駅前高層マンションから戸建て住宅に移住した。こんなことが分かっていたらマンションを避難場所にし、普段は隠居部屋として残しておけばよかった。
最大浸水は3~5mとあるから戸建ての家は沈んでしまうだろう。救命ボートを準備しての脱出を考えた。だが待てよ、己だけしぶとく生き残ろうとするのは浅ましい根性だ。もし、水害が起こったとすれば、それは、関東周辺におよぶであろう。こんな時にボートで助けを求めている老人を誰が救ってくれるだろう。じたばたせずに、成り行きまかせるしかないであろう。最近発生した14号台風の進路も気になる。
コロナに水害そして認知症。生き残るためには、この大きな壁がを乗り越えなくてならない。悩み多き晩年である。

ところで、コロナを完全に封じ込めることは困難で、今のところ集団免疫を獲得する以外に収束させる方法はないようである。それが1年先か2年になるのか分からない。高齢者はコロナに罹ると重症化するという。効果的なワクチンと治療薬の開発が急がれる。それにしても、トランプのスピード退院には驚いた。最高の治療で薬浸けにされた大統領の今後に不安が残る。
2020/10/07  篠崎春彦

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