コロナ雑感(その9)「見逃すな!軽度認知症障害」― 篠崎春彦 ―

(続き)
見逃すな!軽度認知障害
しばらくして細君が電話口にでた。「主人は昨年アルツハイマー認知症と診断され、今は一人で外出させられないほど重篤な症状になっています」と
T君とは中学、高校以来の親友である。僕は両親の介護のために一時期実家で暮らした。そのとき、地元でガソリンスタンドを経営していた彼には、諸々ことでお世話になった恩人である。そして良きゴルフ仲間でもあった。彼の一人娘には二人の孫娘がいる。一年半前に会ったとき、上の孫は大学を卒業し、一流企業に就職。二番目の孫は大学在学中であることを、自慢げに目を細めて話していた。そんな幸せな彼に突然襲った不幸な出来事であった。そういえば「俺は最近、物忘れが多く、特に漢字が書けなくて弱ってしまうよ。」と嘆いていた。その時すでに病魔が進行していたのであろう。それにしてもこんなに早く症状が進んでしまうものか。細君は「医者からは回復の見込みはないといわれました。もうあきらめています」と寂しく語っていた。

昨今、高齢化が進み、メディアでも「認知症」が取り上げられることが多くなってきた。とりわけ、認知症の一歩手前の状態で、健常と認知症の境目の時期を、軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)といって最近注目されている。認知症における物忘れのような、記憶障害が出るものの症状はまだ軽く、認知症予備軍といってもいいだろう。この状態では、まだ日常生活には支障がないので、周りは気づきにくいのが特徴である。

日本の認知症患者数は約462万人、軽度認知障害(MCI)は400万人と推定され65才以上の高齢者の4人に1人が認知症、あるいはその予備群ということになる。(厚生労働省・2015年) 80才以上の老人では2人1人。否、それよりも多いかも知れない。
認知症は高齢になればなるほど発症する危険は高まり、もはや認知症は特別な人に起こる特別な病気でなくなった。歳をとれば誰でも起こりうる、身近な病気と考えたほうがいいであろう。事実 「長谷川式簡易知能評価スケール」を開発し、認知症医療の第一人者である長谷川和夫医師が、90才で認知症になっている。

昨今、ガンよりも「なりたくない病気」といわれているのが認知症である。ただ、認知症はある日突然発症するわけではなく、徐々に進行するそうだ。軽度認知障害(MCI)を、そのまま見過ごすと、約5年でその半数以上が本物の認知症に進行すると言われている。最近の研究では、MCIの段階で適切な予防や治療を行えば、認知症の発症を防ぐことや遅らせることができることが分かってきた。どんな病気でも早期診断、早期治療は鉄則である。

「健康のためなら、死んでもいい」 この矛盾と逆説をはらんだ、パワーワードの呪縛から僕は抜けることができない。日ごろから健康管理に気を配りながらも、一方では病院とのお付き合いも多い。以下は 「健康オタク」の僕の体験である。

2006年9月26日(土曜日)午前9時15分
健康管理のために毎週末に続けているテニスのプレー中に悲劇が起こった。強いボールを打ち返し激しく動き回っていた。その時、短い返球がきたので、急いで前進してボールを打とうとして左足に体重を掛けた瞬間。突然、左足の力が抜けて、体重をささえることができず2,3歩よろけて、倒れてしまった。異変に気づいた仲間がすぐに救急車を呼んで病院に向かった。
検査の結果、脳梗塞と診断され、「t-PAによる血栓溶解療法」が実施された。この療法は発症から3時間以内(今では4.5時間に延長された)に処置すれば劇的な改善が期待される治療である。僕は対応が早かったこともあり後遺症も残らず2週間で退院した。しかし、この時受けた脳のダメージは大きく、認知症に罹患するリスクが高まった。

2012年7月 物忘れ外来受診
この頃なって、物忘れを自覚することが多くなってきた。「人や物の名前が思い出せ ない」「めがねや携帯電話などを置き忘れする」「人と会う約束や日時を間違える」など 例を挙げればきりがない。もともと頭の出来が良くないことは自覚しているものの 「もしや認知症(痴呆)の始まりではないか」そんな不安がよぎった。わが家の近くの「脳神経外科医院」がある。院長は元順天堂大学附属病院の脳神経外科医として、長年脳血管障害を専門にしてきた医師である。そこで、患者からの信頼されている院長の診断を仰いだ。結果、認知機能に異常はなく年相応の物忘れと診断された。

2018年9月 第2回目 物忘れ外来受診
前回より、物忘れが更に進んだ、いよいよ認知症になってしまったか。不安をかかえながらの診察である。結果は海馬の萎縮はあるものの、これは加齢によるもので病的な現象は見られないとのことであった。

2020年8月 第3回目 物忘れ外来受診
T君の一件もあったので、急きょ診断を受けた。先生は「80才は認知機能にとっては微妙な年齢になってきました。今回は丁寧に診察しましょう」といって、長谷川式簡易知能評価や足の動脈硬化の測定と「VSRAD]の画像解析やMRI検査を行った。一通りの検査が終わり、結果の判定である。先生はパソコンに写った何枚もの脳画像を精査に確認している。先生の表情から結果を読み取ろうとする、僕の緊張した瞬間である。

先生は「海馬の萎縮と白質病変は多くなったものの、これは加齢によるものです。まだ、ギリギリ頑張っています。くすりなどを使っての治療は必要がないでしょう」「次回はいつごろ検査すればいいのですか」 「80才を過ぎると認知機能が急激に増悪することがあります。私の父は半年に一回受診しています。」 先生のお父さんは、僕と同年配かやや上の方であろう。

先生との話は続く 「家族構成を教えてください」 「妻と二人きりです」 「奥さんと良く話をしますか」 「妻は僕を呆け老人あつかいにしているので、会話は弾みません」 「それは困りましたなぁ。おしゃべりは脳機能の活性化とって大変に重要ですよ」 「無理にしゃべろうとすると、それがストレスになって認知が進行しませんか」 「屁理屈を言わないで、私のいうことを聞いてください」 「はぁ」 「魚中心とした栄養バランスのよい、食生活につとめましょう。適度な運動も大切ですよ」

こんなやりとりののち、半年後の検診を予約して診療を終了した。ちなみに、先生は患者を囲い込み、過剰な診療をするような人ではない。真摯に患者と向き会ってくれる真面目な医師である。
軽度認知障害も気になるが、僕は生命に関わる重大な病気を持っている。大動脈弁狭窄症である。これは心臓弁の開きが悪く、血液がスムースに流れない病気である。これまで中等症を維持していたが、直近の心臓カテーテル検査によると、症状が重症化の領域に近づいてきているとのこと。これ以上進むと「心臓弁置換手術」が必要となるようだ。弁膜症の検査はこれまで、年に一回であったが半年に一回と検査頻度が増えた。

人間はある一定の年齢を超えると、生理的にも肉体的にも、当然、衰えてくるものだ。それを顕著に感ずるようになったのが、僕の場合80才の声を聞いてからである。聴力、視力、持続力、記憶力、集中力など全般的に衰えてきた。
認知機能検査は半年ごと、弁膜症検査も半年ごと、どうやら僕の身体は半年ごとに、リセットしなければならなくなったようだ。
それでも考えようによっては、半年は生き延びようとする目標がハッキリしてきた。これまでのように「ただボーッ」と生きているわけにはいかない。日々の一瞬一瞬が大切になった。こう考えると半年ごとの「リッセット人生」も悪くはない。このリセットを10回繰り返へすと、5年になる。80才男性の平均余命は9.06年(平成30年・厚労省)とある。あと5年は健在であろうと楽観している。でもこれは No one knows 誰も分からない。
ときに、人はどうして長生きを望んでしまうのか。若い世代からすると、「老醜」をさらしながら、生きなくてもいいではないかと思うかも知れないが・・・
先ず考えられるのは人には「何がなんでも生きていたい」という本能がある。食欲や性欲と同じように「生存欲」がある。僕自身にもその本能は十分ある。しかし、「何のために生きるのか」と問われると、途端に返答に困ってしまう。このところ、毎日を生き延びるのが精一杯で、世の中のためになるような活動はしていない。

それでも、平凡な人生を送ってきた一介の老人にもささやかな望みはある。少しでも長生きをして、孫の成長を見とどけたい。そして、「コロナ禍」が収束した後の世の中どう変って行くのか見てみたい。日本だけでなく、アジアや世界全体がどう変貌しいくのか目撃したい。知りたい。そんな好奇心はまだ旺盛だ。
生きることは面白い。この気持はいつまでも持続させたいものだ!

2020/09/06 篠崎春彦

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