アバディーン移住半年の想い出

文・写真:小川鑛一 編集:篠﨑春彦

1. はじめに

  29年前の1994年、日本の看護師が看護業務で腰痛を起こした割合と患者の移動・移乗など看護動作の実情調査研究を行うために看護師375人のアンケート調査を行いました。この年、普段の職務を離れて自主的な調査研究に専念出来るサバティカルの機会を与えられ、翌年1995年6月〜11月イギリス アバディーン市にあるロバート・ゴードン大学の客員教授の身分で半年間アバディーンに滞在し、イギリス看護師の腰痛発症の現状調査研究を行いました。この時、共同研究者はチェソン教授(ロバート・ゴードン大学理学療法学科)です。共同研究目的は、イギリス看護師が患者移動・移乗時に起こす腰痛発症の割合と患者の移動・移乗など看護力動作の調査です。

 70歳定年退職後の2010年5月にスペイン、フランス、イギリス(アバディーン市)3週間列車の旅をし、旅の最終行程にアバディーン市を15年ぶりに訪れる計画をたて、実行しました。1995年に 滞在した時は現役でしたので、仕事に追われあまり写真を撮る機会を持てませんでした。しかし、15年後の2010年に訪問したときは一旅行者としてでかけましたので、気楽に写真を撮りました。1995年の調査研究は、アバディーン市内のウッドエンド病院にでかけ看護師が入院中の 患者を移動する支援動作、および体位変換を行う動作を動画で撮影しました。同時に看護師229人の看護動作の実情アンケート調査も集計してきました。

   本稿の2章では、2010に訪れたアバディーンについて述べ、続く3章では1995年に腰部負担の現状を調査したとき、看護師の患者支援動作の動画を撮影出来ました。その動画の一部を静止画に変換しましたので、その写真を紹介しながら英国看護師の看護動作と患者を移乗させる時に使うリフターの説明をします。

2. アバディーンについて

 写真1は、2010年にスペイン、フランス、イギリス参加国の列車の旅を行なった時の経路図です。アバディーン( Aberdeen)は、写真1の上部に示すように、イギリス・スコットランド北東部にある都市で、エディンバラ、グラスゴーに次ぐスコットランド第3の都市です。人口は約20万人。港湾都市として発達、北海油田の発見後、石油採掘の拠点となり、ヨーロッパの石油の首都と呼ばれています。

 2010年実施した列車の旅の最後にアバディーンを訪問し3泊しました。その時、懐かしさのあまり15年前の1995年に半年住んだアパートを立ち寄りました。ロンドンからアバディーンへは、列車で約8 時間、距離にして約 640 kmです。東京から神戸、盛岡へ列車で旅するような感じの距離にあります。写真2はロンドンからアバディーンへ向かう列車を背景にホームで撮りました。

写真3はエジンバラ城で、列車からこの城が見えると約2時間半でアバディーン駅に到着します。写真4はアバディーンに8時間の列車の旅を終え、ホームに降り立った時の写真で、長時間列車で揺られ、やや疲れた様子がうかがえます。

妻眞喜子は、15年前に半年間も滞在したアバディーンが懐かしく、写真5に示すように筆者の前方を急足で改札口へ向かって歩き出しました。そして、写真6に示すアバディーン繁華街ユニオンストリート近くにあるホテルに荷物を預け、元住んだアパートへと向かいました。

写真7、8は1995年に住んでいたアパートです。当然、そこには他人様が入居していて入れないのはわかっていましたが、懐かしさのあまり、足が自然にこの家に向かわせました。当時のアパートと全く変わらない外形で、家の中には入ることは出来ません。家の周りを一回りして写真を撮り、当時の懐かしい思い出に耽りました。アパートの玄関ドアは何十回も開閉し、そこを出入りしたことが昨日のように思い出されました。アバディーンの元住んだ家に行ったという証拠写真を撮影するだけでしたが、眞喜子にとって当時の懐かしい想い出がよみがえり感激深かったに違いありません。

 写真9 は、1995年に客員教授の身分で、半年間滞在したロバート・ゴードン大学正門です。正門左方向へしばらく歩くと写真10の建物があり、筆者の背部に見える建物が理学療法学科です。この大学の理学療法学科2階に研究室としての個室を与えて頂き、市内看護師の腰部負担に関わるアンケート調査研究を行いました。この研究室を起点にウッドエンド病院、スコットランド地方の高齢者施設の介護機器利用現状、看護師の腰痛発症の現状、データ整理などを行いました。

 アンケート調査は主に病院勤務の看護師が回答対象ですので、そのアンケート作りは主に筆者が行い、共同研究者のチェソン教授がアンケート用紙を看護師に配布することと回収することを行いました。

 写真11はロバート・ゴードン大学からウッドエンド病院へ向かう高速道路で、道路が鉄道線路と並行して走るイギリスらしい光景です。ウッドエンド病院は、今から95年前の1927年に開院した病院です。写真12はウッドエンド病院の正門です。この病院で、看護介助力作業の実演を撮影させて頂き、一部の看護師のアンケート調査も実施させて頂きました。

3. イギリス看護師の看護動作の実演

 看護動作の実演は共同研究者のチェソン教授がウッドエンド病院に実演の依頼を申し出て、病院の責任者が立ち会い、現場の看護師長と看護師、入院中の患者を被験者にお願いしました。さらに看護実習生が被験者になり看護用具(イージースライダー)を使い、看護師が患者を移動する時にその看護婦が発揮する力が軽減する様子の実演を行なっていただけました。

ここでは、ベッド上の患者の位置を変更する、仰臥位から側臥位に体位変換する実演です。移動に用具を使う動作を実演していただきましたので、カメラで看護作業の様子を撮影することができました。その画像の一部を静止画に変換しましたので、以下に説明します。

 ここでは、看護介助を行う看護師の腰痛発症は多いので、腰痛発症を起しやすい看護動作について主に説明します。

3-1 患者移動のための姿勢

写真13①はウッドエンド病院(Woodend Hospital) です。以下に述べる看護師の患者持ち上げ動作撮影に協力いただいた病院です。写真13②〜④は患者の仰臥位位置を変えるために二人の看護師が患者を持ち上げ、頭部へ移動する時の持ち上げ移動姿勢を示します。写真13②は患者の両腕は看護師の肩に乗せています。また、二人の看護師の姿勢は、写真13③に比べ立位に近い姿勢です。一方、写真13③の持ち上げ姿勢は、両看護師の腕は患者の背面に入れています。こうすると看護師の姿勢は深い前傾姿勢になります。

 写真13②の持ち上げ姿勢は、オーストラリアン リフト(Australian lift)と呼ばれオーストラリの看護師がよく使う方法と言われています。

 一方、写真13③の姿勢はクレダル リフト(cradle lift)と呼ばれ、腰部の負担は大きく腰痛発症の可能性が大きい持ち上げ方法です。このように看護時の患者持ち上げ方法に名前が付けられているということは合理的です。写真13③の姿勢は、看護師の前屈が大きいので腰痛を起こし易く、腰部にとって最も危険な看護姿勢です。

 最後の写真13④は、モンキー ポール リフト( monkey pole lift)と呼ばれ、ベッド上部から三角リングがぶら下がっていて、患者にそのリングをつかまってもらい患者に自身の体を浮かすような力を出してもらいます。そうすると、患者背面は若干浮きますので、両看護師が発揮する移動のために力は半減できる方法です。

3-2 仰臥位から側臥位への体位変換

 写真14は、仰臥位の患者を側臥位に体位変換する場合のプロセスです。写真14①は立膝の患者シーツ端をしっかり持ち、それを右看護師側に引き、患者をいったんベッド端に移動します。次に写真14②のようにシーツを持ち上げ、写真14③のように患者を側臥位にし、写真14④のように身体を安定な位置に落ち着かせるために枕で支えます。この状態で患者背面の傷口の治療を行います。この一連の動作には、患者をベッド端方向に少し移動させるためにシーツを引きます。次に患者を側臥位に回転させるためにシーツを持ち上げる力を発揮する必要があります。この発揮力を緩和させるため後述するイージースライドを使います。

3-3 看護の発揮力を軽減するイージースライド

 写真15は、看護学生が患者役(被験者)を務め、仰臥位から側臥位に体位変換する看護動作の実演風景です。写真15①は、被験者をベッド端に移動するときに発揮力を軽減できるイージースライドが患者背面に敷いてあります。このイージースライドは摩擦が小さく滑り易いナイロン製で、それを患者背面に敷き、患者を押したり引いたりすると患者を容易に移動できる用具です。ベッド上の患者を体位変換するため写真15①のように患者を右の看護師側に少し移動することがあります。このような場合、患者背面にイージースライドという患者移動用の用具をシーツ下に敷き、そのシーツを引くと患者を右看護師側に小さい力で移動できます。次にシーツ端を持ち上げると写真15②のように患者を仰臥位から側臥位へ楽に体位変換ができます。

 写真14の患者、写真15の被験者(看護学生)の膝は立てています。この立膝であっても、シーツを上に持ち上げると仰臥位に体位変換は可能ですが、立膝の膝頭を左側看護師が手前に引いても楽に側臥位への体位変換は可能です。

3-4  イギリスでよくわからないことについて

 写真16は手術直後の患者が寝ているベッドに敷かれたイージースライド(中央の青色)です。術後一週間ぐらい、このイージースライドを敷きっぱなしにするので、大きな力を加えて患者位置を変えなくても楽に移動が出来ます。

 写真17は長時間ではないと思いますが、靴を履いたままベッドに横たわっています。写真17①、写真17②は患者、写真17③、写真17④は被験者(看護学生)です。このようにイギリス人が靴を履いたままベッドに横たえることは、文化や湿度の違いがあるからだそうですが、我々日本人から見ると不衛生で違和感を感じます。

 イギリスの看護師から看護業務中に発症した腰痛に関するアンケート調査を実施しました。アンケート設問の一つに体重を入れました。日本では、体重の単位は「kg キログラム」です。ところがイギリスの看護師の回答では体重の単位「ストーン stone」で応えた人ばかりで驚きました。ここで10ストーンは63.5キログラムです。イギリスの看護師は大柄ですので、10ストーン(64キログラム)から13ストーン(80キログラム)の体重ですので10st、12stなどと書かれた回答がほとんどでした。個人宅で使っている体重計の単位もストーン(st)単位が使われていました。

 

3-5  ベッドから車いすへ移乗用リフター

 看護師が患者をベッドから車椅子へ持ち上げ移乗する場合、腰には体重の3〜4倍という大きな力がかかり、腰痛発症の原因になります。そこで患者を移乗させる場合、リフター(介護補助機器)を使用します。そのリフターは、いろいろな種類があります。筆者が1995年にウッドエンド病院を訪問見学した時は、ほとんどのリフターは手動でした。その手動リフターの写真を写真18〜写真20に示します。筆者が試乗している1階から2階へ移動する写真21のリフターは、長い距離を持ち上げ移動するので動力は電気モーターを使い自動化されていました。半年の調査研究を終え、帰国し日本のある病院でリフターの調査をしたところ、「うちの病院にもリフターはあります」との回答を得ましたが、その病院でのリフターは倉庫に眠っていて使われていないことがわかりました。使われていない理由は日本の病棟は狭く、リフターを上手に使いこなせないこともわかりました。

3-5  ベッドから車いすへ移乗用リフター

 看護師が患者をベッドから車椅子へ持ち上げ移乗する場合、腰には体重の3〜4倍という大きな力がかかり、腰痛発症の原因になります。そこで患者を移乗させる場合、リフター(介護補助機器)を使用します。そのリフターもいろいろあります。1995年ごろ、ウッドエンド病院で使用していたほとんどのリフターは手動です。その手動リフターの写真を写真18〜写真20に示します。筆者が試乗している1階から2階へ移動する写真21のリフターは、長い距離を持ち上げ移動するので動力は電気モーターを使い自動化されていました。

4. おわりに

  看護師の腰痛発症率は、他の職業に比べ大きいといわれています。日英の業務中に起こした腰痛の発症割合を調べましたが、日本では約80%、筆者がアバディーンで調べた結果は約14%と極めて小さいのです。その理由は、英国では「患者は複数人で持ち上げること」「支援看護師が一人しかいない場合はリフターを使うこと」「イージースライドなど看護支援力を軽減する用具を使うこと」「患者の抱き起こし、移動(ベッド上で位置を変える)、移乗(ベッドから車椅子へ患者移動)など腰痛を起こさない方法を学ぶ講習会に出席する義務がある」などレギュレーション(規制)を1993年ごろ設けました。これらの規制を守っているので、腰痛発症率は14%と少なくなっていると思われます。

滞在したホテルの窓から見えるアバディーンのビル風景を写真22〜写真25に示します。写真22は繁華街の一部、写真23は隠れ家のようなティールームですが、人影(妻眞喜子)の右にアーチ状の門が見えます。その門を入って左側に薄暗い落ち着くティールームがあります。写真24はイギリス・スコットランドらしい建物が並んで見える風景です。写真25は夜のビル風景で寒々と感じられる住宅街です。

 結婚後に夫婦で長期滞在したのは、ここで述べたアバディーンです。その後、定年退職し、7年間毎年冬の寒い11月〜翌年1月の時期に30日〜長くて45日間ハワイでロングステイを実行しました。しかし、2019年(令和元年)末からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行による災難や危機的状況であるコロナ禍が始まり、ハワイロングステイはできなくなりました。同時に2019年のクリスマス時期に残念ですが脳梗塞を患い右足・右手に障害を受け歩行や手書きが不自由になりました。そのため、2020年から2023年の過去4年間ロングステイの皆さんとの交流や国内外の旅ができなくなりました。一方の妻眞喜子は、右目を緑内障で視力を失い、左目は白内障で視力0.5と悪くなり、歩行困難で外出できない状態になりました。本稿に紹介した半年にわたる長期アバディーン滞在、2019年のコロナ禍以前に毎年7年間続けたハワイロングステイが心に残る深い想い出の旅になりました。

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