インド少数民族の探訪  篠崎春彦

コロナ雑感 その11

日本で最初に新型コロナ患者が報告されたのは、2020年1月16日、武漢市から帰国した日本人である。正直いってその当時はまだ「中国の奇病」という意識しか無く、日本中の人にとって完全に他人事だった。こんな深刻な事態になるとは誰が想像したであろう。こうした新興感染症は海外から持ち込まれ国内で広がるという最悪のパターンとなった。

そして多くの人たちに「不安」と「恐怖」を与えている。「見えない」「臭わない」「感染しても気付かない」「治療法が確立していない」「ワクチンが開発されていない」「感染経路がハッキリしない」このような「ない、ない」尽くしが不安を増幅している原因であろう。世界中の科学者がワクチンの開発に英知を結集して取り組んでいる。英国、米国などでいち早く実施に踏み切ったが、安全性や効果の持続性、副反応などで不安が残り、本格的な実用化にはしばらく時間がかかりそうである。

菅首相は14日、観光支援策「Go To トラベル」を今月28日から来年1月11日まで全国一斉に一時停止すると発表した。紆余曲折、迷走した末の結論であるが、遅きに失した感は否めない。

僕の住んでいる埼玉県は、日増しに感染拡大が広まり、危機的状況になっている。幸い知合いに感染者はいない。それでも孫の幼稚園では保育士さんと園児に感染者が発生し、1ヶ月間以上の休園となっている。また、小2の孫が通っている学校では6年生が修学旅行中に感染者が発覚。旅行は中断し学校の消毒などで大騒ぎをした。先日、週刊誌を買いにコンビニに行ったら、コロナ感染で閉店していた。コロナの魔の手は、医療過疎地のわが県などを襲い、医療崩壊に追い込もうとしている

11月下旬にある趣味の仲間の会合があった。そのときGo toキャンペーンを使って北陸路を妻と二人でハイグレードな旅館に泊まって楽しんできたと、得意げに笑顔で語っていた老人がいた。見れば腰が曲がってかなり、ヨボヨボしたお年寄りであった。「あんたがホントに運転したの?」思えるお方だった。そんな人が他にもいた。どうもGo toキャンペーンの利用者は意外に暇を持て余している富裕層の老人が多いようである。老い先短い命なので「この瞬間を楽しもう」との気持ちが強いようだ。

このような人は「自分だけは感染しない」「自分の周りに感染者はいない」という根拠のない理由で行動の自粛をしない人達である。これを「楽観主義バイアス」と言うそうだ。平時であればポジティブで前向きな生き方として敬愛されようが、今はじっと我慢の時である。異常事態を過小評価してはならない。

一方、冷静沈着な慎重派にあっては、危機的なストレスに対して、より強く反応しすぎて、不安、イライラ、落ち着きのなさ、集中力の低下をきたし、いわゆる「コロナ鬱」に近い心境に陥っている人もいる。

「お前はどっちだ!」と問われたら、元々繊細な神経をもっていないし、ズボラな性格ゆえに「楽観主義バイアス」の傾向が強そうだ。お調子者の僕は、自分でも後から恥ずかしくなるような振る舞いをすることがある。慎重派の妻は僕の行動をいつもハラハラしながら見守っている。コロナ禍で中止になったものの、重大な基礎疾患を持っている僕は、今年8月カムチャッカに「ヒグマ観察」そして9月にシベリア鉄道で「バイカル湖周遊」の旅行を早々と予約していた。

ときに、国や自冶体は「不要不急の外出を控えるよう」呼びかけている。年老いた年金生活者に「不要不急」なことがあるのだろうか。すべてが用の済んだ「不用人間」で、生きていること自体が不用な存在である。年寄りのひがみといえばそれまでだが、このことをコロナ禍で改めて気づかされた。

合理主義的な北欧諸国の仕組みを参考にすると…たしか高齢者はコロナ治療をしないとか。また一般病院では80歳以上は手術をしないとか。食事が取れなくなったらチューブをつけてまで流動食を入れない。…などなど。

日本でも医療費を使う老人が多すぎてくれば、そんな観点からの議論が起こってくるであろう。

2020年、予期せぬ新型コロナの流行により、世界中の人々の日常生活や働き方は大きく変化した。人と人との接し方やコミュニケーションの取り方など、今後、世界はどのように変わり、そしてどんな力が求められるようになるのであろうか。コロナ収束後の未来とは?

決して年寄りに優しい世の中になるとは思えない。

急速に進む超高齢化社会に不安や違和感を持つ若者が増えている。厚生年金や企業年金などいわゆる「二階建て」「三階建て」の年金給付を受け、その他の所得を含めると、現役時代と遜色ないような収入の老人が結構いる。「格差」があるのは厳然たる事実のようだ。そんな老人がGo to Travelなどとはしゃいでいれば「嫌老」気分の若者が増えても当たり前。若者から後ろ指を指されるような、生き方や行動は慎まなくてはならない。このことは自戒を込めて強く主張したい。

昨今、ほとんど外出しなくなった。コロナ自粛のため、ステイホームを真面目に実践しているからだ。免疫力をつけるためにウオーキングを日課にしている。家の前の公園から農道に入り再び我が家に戻る、約一時間の道のりを黙々と歩く。僕の至福にひとときだ。

途中、コサギ、アマサギ、ダイサギなどの綺麗な白鷺類が舞い降りて餌をつまんでいる。20羽近い大群である。お百姓さんのトラクターを眺めるかのようにやってきたモズのオス、冬鳥のツグミ、冬になると体を膨らませて寒さをしのいでいる「ふくら雀」、すると突然コサギの一羽がダンス?をはじめた。びっくりした。ひと踊りした後は何事もなかったのかのように群れに戻った。変化に乏しい冬枯れの田んぼも、目を凝らして観察すると色々な鳥の営みがあって面白い。鳥たちのためにもこの環境はずっと残しておきたいものだ。

散歩は楽しいが、そのあと家に閉じこもっていてもすることがない。TVを見ても各局同じ内容のものばかり。読書をしても感動するほどの本が見当たらない。PCを眺めるのも飽きた。「小人閑居して不善を為す」言うが、不善をするほどのエネルギーも残っていない。

こんな鬱々とした日常生活に、五木寛之氏が最近上梓した、「回想のすすめ」なる本を手にした。五木さんは若いときから愛読している大好きな作家の一人である。「さらばモスクワ愚連隊」「青春の門」から始まり、氏の多くの作品を読んでいる。

新刊の「帯」を紹介すると「不安な時代にあっても変らない資産がある。それは人間の記憶、一人ひとりの頭の中にある無尽蔵の思い出だ。年齢を重ねれば重ねるほど思い出が増えていく・・・・その資産をもとに無限の空想、回想の荒野のなかに身を浸すことができる。これは人生においてとても豊かな時間なのではないだろうか。最近しきりに思うのだ。回想ほど贅沢なものはない。」と書いてあった。

回想というのは「昔は良かった」など、過去を思い返すこと。「感傷にふける」という意味で、後ろ向きの行動だと考えられることが多いが、五木氏はむしろ積極的な行為と考えている。古い記憶の海に浸るだけではなく、何かをそこに発見しようとする行為だからだ。広く、深い記憶の集積から、いま現在とつながる回路を手探りする「記憶の旅」が回想の本質と五木氏は述べる。

そうだったのか。回想は生きる力につながるのか。僕にはそれが不足していたのだ。まさに目から鱗の発見である。

ある日、農道を歩いていたら、遠くで人がうずくまって倒れているような光景に出合った。急いで近づいてみたら、ご同輩が釣りをしていた。倒れて見えたのはしゃがんで釣りをしていたからであった。田んぼの脇に流れる小さな川で「クチボソまたの名をモツゴ」を釣っていた。フナに似た8センチくらいの小さい淡水魚である。ご同輩は次から次にクチボソを釣り上げ、ご満悦であった。

僕はこの光景を忘れないよう、急いで家に帰り回想の実践を試みた。椅子に座って静かに回想(瞑想)をはじめた。すると、子供の頃の楽しい体験が次々と走馬灯のように蘇ってきた。池や田んぼでフナ、ドジョウ、ナマズなどを捕った思い出。それを餌にしてフクロウを飼育したこともあった・・・などなどである。

童謡「里の秋は」同郷の作詞家、斉藤信夫が、生まれ故郷(千葉県東金市・成東市)をイメージして作ったといわれている。子供の頃の田舎は自然一杯の里山があった。

そんな良き故郷も、戦後の日本は食料をはじめあらゆる物資が不足して、国民は激しい困窮状態にあった。田舎でも食べ物がない。僕たちはいつも腹を空かせていた。この苦い体験は記憶の奥深くに遠ざけ封印した。

そして、嬉しかったこと、幸せだった瞬間のことだけを回想していたら不思議と気持ちが穏やかになってきた。懐かしいなぁ…と昔の楽しかった思い出に浸ると、心がほっと落ち着いてきた。過去を回想することによって、精神が安定し、モヤモヤしたストレスが吹き飛んでしまった。

五木氏の提唱する回想法は禅につながる思想かも知れない。しかし、座禅となるとなんとなく敷居が高い。回想法は気楽なやり方で簡単に実生活に取り入れられそうである。

コロナ騒動は、人類が何か間違った方向に行こうとしていることに対して神の警鐘なのか。合理性ばかりを重要視し、経済成長を基準としてきた生き方が、どこか間違っていたのであろう。今、地球で起きていることは宇宙の「必然」なのだろう。気象変動や人口移動の影響で、未知の病原菌が意外な場所で増殖しているかも知れない。

コロナ禍は簡単に収束するものとは思えない。80爺さんは、コロナに負けずにしぶとく生き残ってやろうと目論んでいる。コロナ悪魔は「ほっとけ、そのうち直ぐに仏になる」と囁いているが、そうはさせないぞ!人生90年いや100年時代になった。そこまで欲張りたくないが、せめてアフターコロナの世の中を見とどけてから、仏になりたい。

●回想 「インド少数民族の探訪」

本文は10年前に訪問した、南インドの旅行記録である。これは「回想法」の一環として過去の画像をリメークした。

2010年2月インドに始めて訪れた。支離滅裂な交通事情。牛、野良犬、ラクダが道路脇や道路を徘徊し、街はいたる所がゴミだらけ。そして、なぜこんなに人がいるのかというほど、人、人、人。街頭には貧しい人と物乞いがあふれている。この時の経験を端的に表現すると「無秩序・混沌・貧困」となる。言語、宗教、気候、食習慣、文化どれをとっても日本とは違って多種多様である。その多様なものを許容し、すべてを自分の中に納めてしまう寛容な国でもあった。

その強烈なエネルギーにショックを受けながらも、なぜか底知れぬ不思議な魅力を感じた。そんなインドの独特の文化や生活に興味を引かれ、喧騒と貧困の世界に再び飛び込んだ。

南インドの世界遺産などの観光と、絶滅の危機にあるベンガル虎のウオッチング、そしてインド東部の山岳地帯の少数民族の探訪、さらに政情の安定したスリランカまで足を伸ばした。

この旅行は観光だけに終わらない、インドのローカルな部分にふれる一味違った旅の体験である。

同行者は高校時代の親友O君と、前回もお世話になったインド人ガイド・アニク君とドライバーの4人で廻った。アニク君は日本語が達者で気配りが良く、彼のおかげで、快適な旅ができた。

日程 2010年11月17日~2010年12月17日(31日間)

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